ハリウッド・ストーリーテリング勉強会報告

講習会の卒業生たちは、クラス終了後も月一回勉強会を開き、自発的に映画作品のマッピング(分析)を行っています。個人の世界から創作されるものには、どうしても限界があります。グループの中で自分の意見を交換したり、いろいろなアングルから多角的に作品を分析するテクニックは、脚本をデベロップするために不可欠なテクニックです。
まだ「ハリウッド・ストーリーテリング」の講義を受けていない皆さんも意見の交換に参加してください。

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HS勉強会参加者:
みゆき、カシハラ、マエゴン、Rica、剛、ゲンキ、スエダ、オザキ、しのぶ、ヒカル、たつき、ハヤ、
aya、いよ、トレイシー、リョウタ、よっしー、小冬、あんどう、TOMO、KAZOO、ゆうすけ、UK、
ワタナベ、紅、COBRA、タケダ、さへき、MAIM、町、しずか、ユウ、さおり
ご注意:HS脚本講習で使用している「旅の地図」は、テンプレートとして著作権登録していますので、ネット上での無断借用や営利目的での使用はご遠慮下さい。
第1回HS勉強会(1月20日12年)「(500)日のサマー」(09年作品、95分)

プロットとしてもラブではなくて、誰もが一度は経験する失恋を通しての成長を描いた通過儀礼プロットとでも言う様なものだと思いました。

ヒカル
僕の選んだPP1は「友達になろうと言われる」(23分)。その直前では価値観の対立がありラブストーリーの定石も押さえてるなと思いました。勉強会ではキスやベッドインをPP1にしてる方がいて注目してなかったところだったので、なるほどと思いました。それらはアクト2に入ってからのfun&game(トムにとってもfun!!)に当たるのかなと僕は捉えることにしました。
そのベクトルで考え直してみるとMPは「車の中で関係を尋ねる会話」(43分)になると思い訂正しました(地図の赤字)。車でトンネルに入っていく映像も最も遠いところに行く感じにも見えました。また最初にMPとして考えていた「喧嘩と仲直り」はBRになってくると思います。
何気ないトップシーンをとっても2人がヨリを戻すかもしれないというフリになっているし、タイトルからも500日目に何があるのか?と期待があるし、時間軸をバラバラにしてるようで葛藤を作りだしていて、それでいて構成の比率もキレイに守られているし、どれも「平凡なラブストーリー」を飽きさせないために計算し尽くされたよく出来た映画だなと思いました。(ヒカル談)
「(500)日のサマー」の「地図」(ヒカル筆)
「(500)日のサマー」の「地図」(ヒカル筆)

恋愛に運命や奇跡を信じる青年トムが、サマーとの恋愛、破局を経て、偶然の力を受け入れ恋愛に前向きになるという、あくまで一青年の主観的なストーリーである。

さへき
時系列にエピソードを並べてしまうと、陳腐な恋愛映画になりかねないが、それらを効果的に前後に散らすことで観客の興味をひきつけ、ある青年の恋愛観を小気味よく見せてくれる演出の巧みな映画である。
PP#1を25分のコピー室でのキス(31日目)にしたのは、初めての身体的な接触が純情青年の心に火をつけており、それ以降からデートが展開されAct2が始まるからである。その前の23分の友達になりましょうというシーン(28日目)では、まだ精神的にも肉体的にもトムとサマーの間に距離があると判断した。31分の二人が結ばれるシーン(34日目)はデートの延長にあり、この出来事がトムがサマーに没頭する契機ではないと思われる。つまりコピー室でのキスが、常に受身で自信の無いトムにとってのGoサインだったのではないだろうか。
MPは複数の候補があるように思えて難しいところだが、49分の仲直りのキスシーン(259日目)にした。やや身勝手な双方向の愛情を相手に強要するトムにサマーが少し理解を示してくれたという点で、トムとサマーの距離が最接近したと考えられるからだ。本来なら、ここから恋愛感情はより深まっていくはずなのだが、相変わらずトムは彼女の恋愛観を認識・受容できていないため距離は徐々に広がっていってしまう。
PP#2をパーティでサマーに婚約指輪を見せつけられる69分(408日目)にしたのは、以降Act3で描かれるサマーからの脱却、新たな一歩への契機となっているからである。(さへき談)
「(500)日のサマー」の「地図」(さへき筆)
「(500)日のサマー」の「地図」(さへき筆)

妄想や理想が打ち砕かれることによってプロタゴニストが成長するプロットにも、いろいろなパターンがありますね。理想と現実のギャップからコメディー・センスを引き出すことも比較的簡単です。「ロスト・ヴァージンもの(童貞/処女喪失もの)」なども、どの時代にも存在していますよね。これらは極めて個人的なストーリーのようでも、「誰もが共感出来る普遍性」が描かれていることで、作品として成立しています。
物語のどの要素が、この映画をその他の恋愛映画と違うものにしていますか?その要素が、非日常(アクト2)を形成している場合が多いのですが、その要素への入口/出口がPP1とPP2です。タイムラインが行ったり来たりする構成の作品は、大抵が「セットアップ」と「ペイオフ」を入れ替えているだけの場合が多い。この作品も単純にペイオフを先に見せることで、観客の興味を引くテクニックを多用していますが、全体の構成を考える時は、単純にその二つの要素を入れ替えて、タイムラインにそって考えてみて下さい。皆さんが「面白い」と感じた演出のポイントは、大抵はキャラクターのベクトル・ターンを利用したテクニックに由来しています。日常/恋愛ドラマでは、それがさらっと起きますが、小さなベクトル・ターンを拾っていくと、その前後関係から、テクニックのからくりが見えてくるはずです。(やす先生解説)

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第2回HS勉強会(1月24日12年)「インセプション」(10年作品、148分)

夢の世界のルールがしっかりと構築され、それに則ったドラマ・アクションが展開されていることに感心しました。

ozaki
人の夢に入り込みアイデアを盗み取る(エクストラクション)を生業としている主人公が、それよりも危険で難しいとされるアイデアの植え付け(インセプション)に挑戦するという状況を説明するだけで、アクト1にかなりの時間がかかるかと思い観始めましたが、PP#1は比較的早い21分。初心者のアリアドネを登場させることで夢の世界のルール説明をアクト2前半で済ませ、実践編となるアクト2後半でそのおさらいをするというミラーイメージの構成だと思います。アクト3は応用編となる第四階層(リンボー:虚無)の世界ですが、説明不足というか説明不可能なのか、このリンボーの世界観が掴みづらい印象がありました。
勉強会での議題にもなったラストシーンの解釈ですが、個人的な解釈としては、それはオープンエンディングのひとつの手段というだけではなく、この映画のひとつのテーマでもある“夢と現実のパラドックス”を表現していると感じます。
つまりは“いまこの現実は、もしかしたら夢かもしれない”というアイデアがひとつ頭の中に植え付けられることで、すでに“いまが現実であることを証明する手段は何もない”ということです。その手段が劇中では『トーテム』であったはずなのですが、最後の主人公はこれを回すだけで見ようとはしません。おそらく子供を抱き上げしばらく経ったのち、主人公は振り返るかもしれませんが、そこでトーテムが回っていようがなかろうが、主人公はその世界で暮らすことを選択したのだと解釈しました。言い換えれば、パラドックスから抜け出すには、アイデア(それを象徴する存在であるトーテムも含めて)を捨て去らなければならないということです。どこまでが現実でどこからが夢なのか。この問いに苛まれ続けた主人公はもはや答えることができないのです。たったひとつのアイデアが寄生しただけなのに。(ozaki談)
「インセプション」の「地図」(ozaki筆)
「インセプション」の「地図」(ozaki筆)

「アドリアネー」という名前のキャラクターが出てきた瞬間、彼女が主人公のメンターになるのだと確信しました。

aya
主人公のコブではなく、アドリアネー中心にポイントを取ったのは、彼女の印象が私の中で深く残ったからです。コブは、愛妻のモルを亡くしてから彼女のファンタジーに取りつかれ、現実とも夢とも言えない世界を彷徨っていました。アドリアネーの導きによって、コブは現実の世界へ戻ってきたと思いました。以下、気になったキャラクターのネーミングについて調べてみました。
アドリアネー:
クレーテー王ミノースは、息子アンドロゲオースがアッティカで殺されたため、アテーナイを攻めた。こうしてアテーナイは、9年ごとに7人の少女と7人の少年をミーノータウロスの生贄としてクレーテーに差し出すことになっていた。テーセウスはこの7人の生贄の1人としてクレーテーにやってきた。アドリアネーはテーセウスに恋をし、彼女をアテーナイへと共に連れ帰り妻とすることを条件に援助を申し出た。テーセウスはこれに同意した。アリアドネーは、工人ダイダロスの助言を受けて、迷宮に入った後、迷宮の入り口扉に糸を結び、糸玉を繰りつつ迷宮へと入っていくことを教え、テーセウスは脱出することができた。
モル:
モルは、モルペウス/Morpheus から名前をとっていると考えられます。モルペウスはギリシャ神話に登場する夢の神で、夢や空想に人間にイメージを送り、夢を形作ったり夢に宿る者たちに形を与えたりする。薬物のモルヒネは、その夢を誘発する力からモルペウスにちなんで名づけられた。(aya談)
「インセプション」の「地図」(aya筆)
「インセプション」の「地図」(aya筆)

沖縄からの「インセプション」分析です。

朋子
「インセプション」の「地図」(朋子筆)
「インセプション」の「地図」(朋子筆)
「プロタゴニストのゴールは、ありふれたものでいい」と僕はよく言いますが、ゴールを極端に非日常的なものにすると、そのゴール自体や、なぜプロタゴニストがゴールを欲するのかの説明が必要になり、物語が“設定”に終わってしまう危険性が高いからです。物語のドラマ性は、プロタゴニストがゴールを掴むまでのプロセスから生まれので、ゴール自体やなぜ欲するかの部分はなるべく簡略にしたい訳です。「インセプション」のような作品では、この傾向に真っ向から挑むことになります。いかに設定部を観客に違和感なく飲み込ませるかが勝負です。その為に、少しでも観客に優しい表現や比喩を使うことになるのですが、よっぽどうまくやらないと、設定を説明する為に設定を加算していく泥沼にはまります(まるでこの映画のような構造ですね。クリストファー・ノーランも10年かけてこの脚本を練っています(苦笑))。若い初心者ライターの作品で、作者だけが理解している世界観を押し付けられるものは非常に多いです。ここで、誰もが理解出来る世界観を生む為の最終的なゲージは一般常識だということを忘れないで下さい。普段の生活で使っている一般常識も、自分の作品を書き始めると、設定を何とか通したいという強い思いの為に、曲げられてしまいます。皆さんの創作したキャラクターや世界観は、一般常識の範囲内ですか?(やす先生解説)

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第3回HS勉強会(3月23日12年)「チャイナ・タウン」(74年作品、130分)

近年のハリウッド映画のスピード感に慣れてしまっており、ゆったりとストーリー展開されているクラッシック映画が新鮮に思えました。

よっしー
事件の真相解明に重点を置いたため、プレミスが分かり難く、探偵のギテスがお金の為だけでなく、仕事に責任を持っていると知る22分までストーリーの方向性が分かりませんでした。その為、PP1を本物のモウレー夫人が出てくる19分より遅く設定し、夫のモウレーが遺体で発見されたことで、ようやく事件が起こったと気づきました。MPはモウレー夫人と契約することで、単独調査からの行動範囲が広がったと考えました。PP2はACT2後半からラブプロットにもなった展開が、夫人が夫のために泣いたことでギテスの愛が沈下したところで、事件の発端の偽モウレー夫人の存在が出てきたので、ストーリーが事件解決に向かうと思いました。フィルム・ノワール映画として、このエンディングでなければ面白くはなかったとは思いますが、優秀な探偵が、大切な人を救えない過去の過ちを繰り返してしまったところが惜しいと思いました。(よっしー談)
「チェイナタウン」の「地図」(よっしー筆)
「チェイナタウン」の「地図」(よっしー筆)

一回観ただけではスジが追い切れずよくわからなかったのですが、二回目に観てはじめて理解が生まれたような気がします。

ハヤ
PP1は20分の、主人公が本物のモウレー夫人(イブリン)と会うところ、MPは83分のイブリンと寝るところ、PP2は105分の、池から眼鏡が見つかるところとしました。インターナルを「イブリンを助ける」とし、全体をラブ・プロットと捉えたためで、PP1が彼女と出会い、MPでは関係をもち、PP2ではさらにそれが覆り、新たな疑惑が生じてACT3に入る、という構成になっていると考えました。ACR3に入り、女の過去と事件の謎は急展開しますが、事件のアウトラインがわかった後の主人公の行動は、完全にイブリンへの愛によるものです。何の得もないのに、彼はイブリンの逃避行を手助けするのです。ストーリーを引っ張っていくのはこうした謎とき、そして愛の行く末なのでしょうが、しかし単なるラブプロットというわけでもなく、主題としてはもっと別のものがある気がしました。主人公はチャイナタウンで愛する女を失った過去を持ちます。(詳しくは語られませんが、そこがまた含みをもたせます)そして、事件を調べるうち、愛するようになった女をまたしてもチャイナタウンで失う主人公。ジャック・ニコルソン演じる探偵ギテスは終始ふてぶてしく行動的です。しかしそんな彼が、運命が用意したこの悪い冗談みたい結末には何ひとつできず、最後にはただ呆然とするばかりです。単に絵解き謎解きに終わらず、人間にはどうにもならない、業というか運命とかいった摩訶不思議なものの存在を垣間見せてくれるあたりが、この映画が名作たる所以ではないかと思いました。当時は、この予想外の悲劇的な結末が、鮮烈な印象を残したのではないかと思います。主人公にとっては、人生の苦々しさを象徴するような町の名がタイトルになっているという点も、そう考えると奥深いものがあるような気がします。(ハヤ談)
「チャイナタウン」の「地図」(ハヤ筆)
「チャイナタウン」の「地図」(ハヤ筆)
複雑に見えるプロットを裸にして行く(サブ・プロットを取り除き、メイン・プロットのみの流れに注目)と、事件解明のデューティー・プロットがメイン・プロットになっているのが分かると思います。実にドライ/クールでエクスターナルな流れです。それでいて重厚な人間ドラマ(インターナル)がコアにある構成(ラブ・プロットがメイン・プロットではないかと思わせるほど)。これがまさに「Simple Story, Complex Character」の脚本のひとつの理想像です。3ポイントを“一般化”した書き方にしてみましょう。
-- PP1:「仕事の依頼を受ける」というよりも、「依頼の真相が分かる」ポイント。オープニングからの流れをここで一気にひっくり返す事によって、主人公に大きなベクトル・ターンを生じさせると同時に、観客をしっかり掴み、アクト2へ引き込んで行きます。このような展開、特に謎解きもののアクト1(約30頁のボリューム)を埋めるテクニックとして、非常に有効です。ただ気をつけなければならないのは、このポイントでは、最初のゴールを再設定するのではなく、ゴールの意味が深まるようにする事です。そうでないと、「今までの30分は何だったんだろう?」という印象を観客に与えてしまいます。そういう作品、結構ありますよね。
-- MP:事件/黒幕の真相に最も近づいているが、主人公にはそれが分からないポイント。 主人公と観客の知恵比べの場をあえて与える。 謎解きものならではの醍醐味です。このポイントで主人公に見えていないのは事件の全体像です。その辺はノアの台詞の中にもふられていますね。ばらばらに散らばったパズルのピースを前に、どっしりと腰を据えた主人公は、それぞれのピースをじっと見つめては、パズルの完成図を思い描こうとしていますが、確かなイメージは浮かんでこない。それがこのポイントです。このようなポイントを物語の真ん中に置く事で、アクト2の後半、主人公がそれぞれのピースの意味を探索して行くプロセスにめりはりが出てきます。
-- PP2:パズルの最後のピースが見つかり、主人公が事件の全体像を見る瞬間です。「さあ、どうする?」を受け、プロタゴニストのファイナル・アクションが始まります。アクト3に入ってからも、婦人と娘の関係が明かされるなど、大きなベクトル・ターンが、まだまだ待ち受けています。アクト3を通し、クライマックスの瞬間まで、「さあ、どうする?」の度合いがエスカレートする事で、観客をどんどんと引っ張って行きます。(やす先生解説)

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第4回HS勉強会(4月23日12年)「ゴーストライター」(10年作品、128分)

今回のプロットを比較したり、サブジェクトを替えてログラインを作る作業はライターを目指している僕にはとても有意義でした。今後、この骨格でいくつも書いていけると思います。

ヒカル
「チェイナタウン」と「ゴーストライター」の骨格比較(ヒカル筆)
「チェイナタウン」と「ゴーストライター」の骨格比較(ヒカル筆)
同プロットのサブジェクト(題材)を入れ替えたログライン(ヒカル筆)
同プロットのサブジェクト(題材)を入れ替えたログライン(ヒカル筆)
「ゴーストライター」の「地図」(ヒカル筆)
「ゴーストライター」の「地図」(ヒカル筆)

私的には“ミステリープロット”とでも名付けておこうと思います。

Cobra
主軸には主人公が真犯人を探していくと言うストーリーがあり、その中でちょっとしたラブ(ルースの誘惑)があったりと物語は展開されています。最終的に、名前もない主人公(ゴーストだから?)は、ゴーストになる訳ですがロマンポランスキー監督のアメリカへの思いを感じずにはいられない実に政治的意味合いの強い作品に感じました。1つ、サブジェクトを入れ替えたログラインを考えてみました。(Cobra談)

「原子力で働く我ら」
科学者になりたいが生活の為に原子力作業員を続ける主人公が、お金の為に福島原発の修復作業を引き受けるが、日本政府の陰謀に巻き込まれ、放射能の事実を知るも内部被ばくによって命を落とす話。
「ゴーストライター」の「地図」(Cobra筆)
「ゴーストライター」の「地図」(Cobra筆)

プロットの穴みたいな突っ込みどころが結構気になりました。例えば、主人公のベクトルターンがある前任ライターの使用した車のナビに解決の鍵を握る教授へのルートが残って消されていないのはCIAの仕事としては不自然ではという意見もありました。

「ゴーストライター」の「地図」(Kosuke筆)
「ゴーストライター」の「地図」(Kosuke筆)
「チャイナタウン」同様、アクト1(日常)では、プロタゴニストの“ユニークな”プロフェッション(仕事)が紹介されると同時に、メインの事件プロットは既に流れ始めています。いつもの調子で仕事に取りかかるプロタゴニストですが、「今回の仕事はいつもとは少し違うぞ」という匂いが、“コール・トゥ・アドベンチャー”として立ち込めてきます。そして向かえたPP1では、個人のステーク(自分の立場が危うい/やばい仕事に関わってしまった)が加わる事で、事件の解決に関与せざるを得ない状況(サバイバル)に置かれ、プロタゴニストの本格的な捜査がはじまります。
1作品だけを分析するのと、似た骨格/プロットの2作品を比べるのでは、見え方も多少変わってきますね。2作品の要素を無理矢理つなげようとすると本末転倒ですから、比べる作業の先にあるのは、あくまでもそれぞれの作品への理解を深めるというゴールであることを忘れないで下さい。今回のプロットを例えば“謎解き”プロットなどと名付けた後は、この2作品が、謎解きプロットの中でもある特徴を持ったサブ・グループに属することを認識して下さい。つまり謎解きプロットにも、もっともっといろいろなパターンがある訳ですから、この2作品のパターンの特徴を更に浮き彫りにしておく必要があります。例えばアクト3の展開に特徴を見いだしたとします(「プロタゴニストが真実をつきとめるが、事態を変えられずに物語は終わる」)。パターンの違う謎解きプロットを、無理矢理一つのファイルに詰め込もうとしないことです。「謎解きプロット/XXXXパターン」という感じで整理してみて下さい。(やす先生解説)

講師:田中靖彦YASU TANAKA

(脚本家・脚本分析家)

田中靖彦

日本ではまだ馴染みの薄い、脚本を理論的に分析してよりよい構成に開発するスクリプト・アナリスト(分析家)としての活動も行っている。

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脚本分析家の仕事とは?

ハリウッド・ストーリーテリング脚本講習 CM

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